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偉大なるギャツビー(グレート・ギャツビー)
高校生のころから村上春樹の本を読んでいた。
ある小説の主人公が最高の本と評したのが、 フィッツジェラルドのグレートギャツビー。

その冒頭にこんなフレーズがある。

 ぼくがまだ年若く、いまよりもっと傷つきやすい心を持っていた時分に、父がある忠告を与えてくれたけれど、爾来ぼくは、その忠告を、心の中でくりかえし反芻してきた。
「ひとを批判したいような気分が起きた場合にはだな」と、父は言うのである「この世の中の人がみんなおまえと同じように恵まれているわけではないということを、ちょっと思いだしてみるのだ」
 父はこれ以上多くを語らなかった。しかし、父とぼくとは、多くを語らずして人なみ以上に意を通じ合うのが常だったから、この父のことばにもいろいろ言外の意味がこめられていることがぼくにはわかっていた。
『グレート・ギャツビー』 野崎孝訳、新潮文庫 改版・改題、1989年


自分としては村上氏の翻訳よりもしっくり来る野崎訳。とても印象深い言葉だと思う。
最近気がついたのが、自分の心の奥深いところには実はいつもこのフレーズがあって、常に通奏低音のように鳴っていたんだと思う。自分でも意識できないくらい自然に。
そして、これまで生きてきた中で、人へ意見するしたくなったり、人と対立するような場面になっても、このフレーズの導きに従って口を閉ざしてしまっていたケースもこれまでに何度もあった。

しかし、311の東日本大震災、福島第一原発の事故。
放射能の問題に直面し、あまりにも東京電力、政府、自治体、教育委員会、市議会の対応のひどさ、汚染の事実をなかなか認めようともせず、これから国を担っていく子どもすら守ろうとしない事実に愕然とした。
原爆の問題、放射能の問題、知っているようで知らなかったことがたくさんあった。
日本がこんなに原発だらけのむちゃくちゃな国だということにも気づけずにいた。

そして、この狂った社会の中、親として自分の子どもを守っていくために何ができるのか、何を残してあげられるのかを考え、悩みながらも夫婦で一生懸命活動してきた。

そう、口を閉ざしてはいけない。口を閉ざしてしまったらヤツらの思うツボだ。
声を上げなくてはいけない。そして、自分で判断し、動かなくてはいけない。




「華麗なるギャツビー」の方は古い本(昭和53年)なので、定価も¥200。
消費税もない頃のだ。私はおそらく20年くらい前に古本で買った。
かなり汚くなってしまったのだが、大切な本だ。

グレート・ギャツビー


author:NaOH, category:生活, 04:00
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